まま口の端

絞めたという前科がある以上、このような緊迫した状況では行かせられないだろう。以前の二の舞になりかねない。悠人自身もそのことを自覚しているのか、悔しげに歯噛みしつつも素直に引き下がった。
「手を貸してほしいときには連絡します」
 誠一はうつむく悠人に視線を送りながらそう言うと、再び剛三に一礼し、今にも走り出しそうな勢いで書斎をあとにする。その背中には、澪たちの前では見せなかった怒りが滲み出ている気がした。

「お返しします」
 誠一は執務机の前に立つと、胸ポケットから取り出したボールペンを楠長官の前に置いてそう言った。感情を見せないよう平静を装ってはいるものの、次第に速くなる鼓動までは制御しようもなく、知らず知らずのうちに顔が上気していく。対照的に、楠長官は眉ひとつ動かさずボールペンを一瞥した。
「それは溝端のものだろう」
「長官のご指示ですよね?」
 先回りして尋ねると、彼は無言のを上げた。誠一の手のひらが少し汗ばむ。
「メルローズをどこへやったのですか」
「何のことだね」
 とぼけるその声には、どこか楽しむような声音が混じっていた。
 誠一はカッと頭に血が上るのを感じながら、それでも必死に理性を保つ。
「あなたのしたことは誘拐です」
「誘拐? 言うのなら窃盗だろう」
「……どちらにしても犯罪です」
 楠長官の発言は、メルローズを人として扱わないと宣言しているも同然だ。しかし、今は人間の定義について言い争っている

この記事へのコメント